海に浮かぶ月のはしっこ

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【読書】透明人間(ハーバート・ジョージ・ウェルズ/イギリス/1897年)

初読時はキャラクターに感情移入が出来ないなぁと思ったのだけど…ケンプ医師が登場したあたりから透明人間が可愛くなってくるけどやっぱ乱暴者です。
ジャンルは「ホラー」「SF」「スリラー」あたりがキーワードかも。


透明人間グリフィンとねこです

M.S.F.P. No,4

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作品情報

「透明人間」(The Invisible Man)
著者:ハーバート・ジョージ・ウェルズ
出版国:イギリス
出版年:1897年

読んだ時期:2018/7
情報更新:2022/3

書籍情報

●透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)  2003年

偕成社文庫版は児童書と言いながら完訳。ルビとひらがなが多いので感じに変換されていないと意味がすぐにわからなくなった部分はあれど言葉づかいは優しいのですいすい。挿絵が入ってるのでイメージしやすいです。
2022年現在、紙の本で一番入手しやすいのはこれしかない…。
グリフィンの一人称が「ぼく」で優しい喋り方をするので可愛い印象を持ちます。

流石子供も読むことを想定しているシリーズだけあって、解説はとても優しい。
グリフィンの体質に対する言及と孤独に関しても触れられており、個人的にはキャラクターの掘り下げに関する手掛かりとしては大きな影響がありました。

●透明人間 (岩波文庫)  1992年

一番回数を読むことになった翻訳ですが、2022年現在は絶版となったようです……はよ、新訳!
偕成社版と比べるとやや文章がかたく、大人はこっちの方が読みやすいかもです。また注釈がちょこちょこついている。
グリフィンの一人称は私、でやや喋り方が偉そうで傲慢な印象。

解説にはグリフィンが社会に対して反抗的なキャラクターとなった事の時代背景と、『ジキル博士とハイド氏』との対比が書かれています。

三省堂書店オンデマンド 早川書房SF文庫ワイド版 透明人間 1978年

三省堂書店さんが絶版の本書を受注生産で刷ってくれるサービス。
インクジェット印刷のペーパーバックですが、こういうの本当にありがたい!
翻訳はというと、偕成社と岩波の中間のような印象ですが言い回しがちょっと古い感じしますね。
注釈はないです。

解説はホームズとグリフィンを例に挙げて共通点と対比を語っています。

●透明人間: ある奇怪な物語 (望林堂完訳文庫) 2021年

電子書籍専門出版社の望林堂さん。個人的には間違いなくナンバーワンの翻訳。
ほぼ原文の文体のままで意訳が少なく注釈がたくさんついているのが特徴的。
しかも挿絵付きです。更に、ほとんどの翻訳で削除されている第28章の最後の部分がきちんと翻訳されて掲載されている。
個人的にはグリフィンの体質について原文の"almost an albino"が「アルビノに近くて」と訳されていた上に注釈があった、というのが決定打でした。これまで意訳してわかりにくくなっちゃってるのがずっと不満だったので…。
ちなみに、グリフィンの一人称はわたし。

解説には第28章の翻訳では削除されやすい部分についての言及とその理由、グリフィンが(凶暴な)怪物にならなければならなかった理由(体質や彼の抱えている孤独)について言及されています。

青空文庫
現在(2022年)青空文庫で読めるのは完訳ではないのでここに掲載するのはやめておきます…

私の読む前の前提知識

きっかけ

名作読書マラソンを志した所で、次の本…出来ればマッドサイエンティストモノで何か読みたいと思っていたところ。
スマホゲー「Fate/Grand OrderFGO)」の1.5章新宿で"科学者が出てくるウェルズの著作"について言及があり、「これは…?」とウェルズの名をググった所ヒットしたのがこのタイトル。
ウィキペディアに「「ジキル博士とハイド氏」に影響を受けて書かれた」との記載があったので本当かデマかはともかく読まなければと思った次第。

ちなみに、偕成社文庫版の解説に影響を受けた作品について言及があったのでデマじゃないっぽい。

ミリしら ~タイトルだけで知った気になっていた内容~

町で謎の怪人が現れるという噂が広まる。なんでも、首から上がないらしい。
主人公はひょんなことからその噂の怪人と遭遇、驚いて怪人を攻撃して逃げ出してしまう。
しかし翌日から彼の家に何者かの気配を感じるようになり…

…みたいな疑心暗鬼系ホラー。

読んだ結果

→ 結果: 大体合ってた、けど…。

主人公の透明人間がマジで狂暴過ぎてハイド氏が可愛くなってくる。
透明人間が現れ、怯える街の騒動を描いた群集劇です。

初読時感想

透明人間の本名はグリフィン(ファーストネームは不明)という。外見は白っぽい髪に透き通ってピンクがかった肌、そして赤い目。生まれつき色素が薄かったと言う彼は所謂アルビノ体質。苦労も多かったのではないかと推測する。
けれど、そういった身の上話が出てくるのは中盤の後半に差し掛かったところ。グリフィンが素性を明かすまではコートに帽子、マフラーにゴーグル、手袋を身に付けた包帯だらけの謎の男の奇行について語られている。なので反芻した方が面白いと思う。
そんなグリフィンだけど、とにかく小説序盤にいたるまでの行動が乱暴者で、小説後半は鉄パイプで通行人を殺害するなどの行動に走るのでやっぱり狂暴だと思う。…のだけど、透明なのは肉体だけなので全裸になって逃走するから寒くて風邪をひく、などのくだりは可愛げがあって中盤以降は感情移入が楽しい。
けれど変身モノとしてのポイントは抑えていて、"透明故に犯人として特定されない(故に、犯罪を犯す事も平気になっていく)というメリットと引き換えに、透明故に第三者からはどの程度殴ったのかわからない、というリスクによって破滅する。
ので、変身モノとしても美味しく頂いたのでした。

2022年補足

感想や解釈が変わってきたので書き記しておきます。
その後、グリフィンというキャラクターがどんな人物なのか何度か考察する機会に恵まれました。ファンアートや創作活動、スケジュール帳を作る為に原作を何度も読み返し、時には原文を部分部分で翻訳しました。

その結果、今はグリフィンの事を「かなりの苦労人」だと思うに至っています。
今作でグリフィン自身の身の上を知れるシーンというのは、ケンプ博士に再会してこれまでの経緯を説明するシーンしかありません。しかも、それはグリフィンが語っている言葉でしかわからない事で、「グリフィンが本当にそう思っていたのか」という事は伺い知れないのです。
彼はアルビノ(生まれつき色素がない体質、色素欠乏症のこと)として生まれ、恐らくはその体質故に苦労も多かったと推測できます。また、透明になった後自分を可視化するために顔全体に包帯を巻いた見るからに怪しい男として街を歩き、ジロジロと人に見られるシーンがありますがそれも大して気に留めていない……元の姿が白い髪にピンクの肌、ガーネット色の目という事なのでジロジロみられる事も慣れっこになっていたのかもしれません。

そんな彼は化学で賞を得るほどの天才的な頭脳を持っているのですが、大学教授の助手という仕事に就いても実力を発揮できず、時には研究を奪われるというパワハラを受け、ずっと貧しい生活を送っていたという設定です。恐らくは描写からして彼の身分はロウアー・ミドルと呼ばれる階級なのですが、それについては新井潤美著『〈英国紳士〉の生態学』を読んで何となくわかった次第です。所謂「中の下層」ですけれど、日本とはどうやら感覚がかなり違うみたいで、コンプレックスや生きづらさを感じている感じがします。
でも多分、彼は強がりで素直な性格ではなく、ケンプの事を信用しているようで警戒もしているので、彼の抱えていた孤独や弱さはただ原作を読んだだけでは表面的にしかわからない気がします。父親の死も平然としているように見えてかなり気落ちしていたように読み取れます。それは私が彼の見たというプリムローズヒルの頂上からの景色を見た事がきっかけにもなった気がしますが。田舎から飛び出した彼が、恐らく憧れて来たのであろうロンドンの街並みを見渡せる場所でした。

そういったことから私は徐々に彼に同情的な感覚を持つようになりました。
…とは言いますが、彼のした事…お金に困って父親のお金を盗んだり、鉄パイプを振り回して暴れて死人を出すなんてことは決して許されることではないのですけれど。でも考察のし甲斐のある深いキャラクターであるように感じます。

※参考
新井潤美著『〈英国紳士〉の生態学

プリムローズヒルに行った時の話はこちら。
snow-moonsea.hatenablog.jp

独自研究など

ミリしらの理由(現在構築されたイメージとの差異の原因)

包帯をぐるぐる巻きにしたコートの男、というイメージは現在のモンスターパロディ等でもよく見かけるけどそれは原作のままなのですね。
ただ、私あまり透明人間が悪役に回るイメージがそこまで強くなくて。ミリしらが悪役になった理由はホラーだと聞いたからが起因している。恐らく幼少期に見た日本の連続ドラマ「透明人間」の主人公(謎の男から貰った薬を飲んで透明になるけど、やっぱり服は透明にならないので全裸にならないと駄目)が透明になって悪事を暴いていく正義側の人間だったからだと思う。
※参照
透明人間(1996年のドラマ)

関連作品

●透明人間(ユニバーサル映画)1933年

多分一番有名な派生作品ではないかなと思うので視聴しました。
原作のグリフィンが可愛くなってくるレベルのド派手な犯罪者だったのでちょっと引きました(笑)
原作と違い、恋人のフローラの為に出世したかったという明確な動機が語られています。
原作に恋人はいないですからね。(また「原作読破勢も知らないヒロインが生えてる…!」とは思いますが)
ただ、前半はかなり原作に忠実で、雰囲気だけでも原作を楽しみたいと思うのにはかなり良いかもしれない。
なお、このグリフィンの名前はジャック・グリフィンといって、髪は黒く、原作とはやっぱり違うようです。

●モンスター・ホテルシリーズ

まさか第二作で透明人間の名前が「グリフィン」だったことに衝撃を受けるとは…。
所謂"フランケンシュタインの花嫁"も登場している事から、このシリーズはレトロ映画クロスオーバーの感覚で作られているのでしょうね。
今作のグリフィンは赤毛だそうですが、ユーモラスで友達思いのめっちゃいい奴です。
でも多分彼は眼鏡が本体です。

クトゥルフ・バイ・ガスライト

クトゥルフTRPGサプリメント(追加ルールブック)ですが、これを使うと透明人間グリフィンを登場させられます。
原作ベースのキャラクター設定ですが「ファーストネームはホーレイかもしれない」と書かれているのでやや『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』の影響があるのかもしれない。

●リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

クロスオーバーイギリスコミック。19世紀ゴシック文学小説のキャラでチームを作る英文学版アベンジャーズみたいな内容ですが、ほとんど犯罪者なのでアンチヒーローなのが、何となく「アメコミじゃないよ」って言われて納得する感じがあります。
原作ベースではありますが設定はかなり変えられているので原作愛が強すぎると違和感を覚えると思います。
アルビノの青年を身代わりにして生き残ったというホーレイ・グリフィンという名前の透明人間が主役チームメンバーとして登場します。(えっアルビノのグリフィンは本物のグリフィンじゃないの…??)
殺人は躊躇しないし連続強●魔で、「えへへ」と笑う、愛嬌はあるが色々と行動が最低なキャラです。
何というか、「クズ可愛い」。でも二巻は泣いた。