海に浮かぶ月のはしっこ

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【読書】ジキル博士とハイド氏(ロバート・ルイス・スティーヴンソン/イギリス/1886年)

1回目はよくわからなかったものの、反芻を3~4回繰り返したあたりから楽しくなってきた。
個人の意見だけど、ジャンルは「ミステリー調ホラー」「SF」あたりですが、更に「ブロマンスもの」と断言します。
…しかし、これもしかして、「探偵は読者」系ミステリー??


ジキル博士とハイド氏(…とアタスン

M.S.F.P. No,2

作品情報

ジキル博士とハイド氏」(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde
著者:ロバート・ルイス・スティーヴンソン
出版国:イギリス
出版年:1886年

読んだ時期:2018/3

書籍情報

ジキルとハイド (新潮文庫)

ジキルとハイド (新潮文庫)

初読がこの新潮文庫版。2015年に出た新訳。個人的には一番好き。全体的に言葉遣いが丁寧な印象。紳士っぽい。
読み比べた結果、原文を直訳していると思しき表現が散見され、日本人にはなじみのない言葉やニュアンスが見られる。例えば、喩えの「フェル先生」とか(イギリスの童謡、マザーグースの詩の一つらしい)。
解説の補足を読んで以降、次の周回から見る目が変わってしまった。解説の内容は、主に本文の描写に関するもの。また、ジキルのモデルになった人物、ウィリアム・ブロディについて、著者スティーヴンソン氏の略歴も語られている。

二冊目が光文社古典新訳文庫版。2009年の新訳なので新潮文庫よりちょっと古い。
感嘆符や台詞の訳し方にやや違和感があるものの、新潮文庫より分かりやすい単語選びがされていて読みやすい。ちなみに上記の「フェル先生」は固有名詞のまま出てこず、ニュアンスだけ抽出されている。
解説は日本で一番最初にこの作品を基にした戯曲に触れた高橋義雄「鬼狂言」からの抜粋と、現在と原作のイメージの差が戯曲化によって変じた事について触れられている。訳者あとがきは出版当時の様子に関するものやジキルの名の由来についての考察もこの翻訳の解説に書かれている。その他、同著者の「宝島」との知名度の差など。
著者スティーヴンソン氏の年譜付き。
ちなみに、新潮文庫版に比べるとアタスンの言葉遣いが"紳士"というよりは"男らしい"印象。エンフィールドがアタスンに対してため口で、気さくな印象を受ける。何となく新潮文庫版より最終章が頭に入ってくる気がします。

三冊目創元推理文庫版。光文社版より少し古い訳。英語の微妙なニュアンスを表現するために文を足しているらしく、他の2つの翻訳と文章の流れが違ったり意味が異なる箇所が散見され。読み物としては面白くなっているが、恐らく意訳が非常に多い(それがいいか悪いかはおいといて)。
解説は主に小説と映画のパスティーシュ(二次創作、クロスオーバー、今作を下敷きにしたオリジナル作品など)の紹介。シャーロックホームズシリーズ、吸血鬼ドラキュラ等、ヴィクトリア王朝時代の有名作品がクロスオーバーの題材に選ばれるようです。
なお、アタスンは他の二作より流暢に話しているような感じを受ける。意訳と思われる個所が多いため、言葉は頭に入ってきやすいが、新潮文庫版、光文社版と比べて原書にある微妙なニュアンスが変化していないかが不安。
ちなみに、ジキルの一人称が「わたし」、ハイドの一人称が「おれ」で口調も粗暴。エンフィールドの一人称は「ぼく」で、アタスンとの距離感が教師と生徒のよう。

www.aozora.gr.jp
四冊目、青空文庫版。
出版は1950年ということで、最も古い訳。でも、原文の自家翻訳を始めて「原文の直訳に一番近い」という部分では最も優れている翻訳だと思いました。ただし、現代の感覚では少々差別的な言い回しもそのまま直訳されています。
それを含めて、原文の自家翻訳をするための翻訳見本テキストとして頼りにしている。アッタスンが敬虔なクリスチャンとして登場していますが、翻訳する上でそのクリスチャンムーブにもかなり悩まされます。前提となる感覚がないから…ううん……。
今作のキャラクター性としては皆礼儀正しいです。でもおそらく、それが本来の姿なのだと思います。

原書・洋書

Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde. Novel Original Version

Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde. Novel Original Version


原書。

The Strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde (Modernised for study)

The Strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde (Modernised for study)

海外の現代英語訳。原書と見比べると確かに結構文章の感じが異なります。フォントが凄く読みやすい。

私の読む前の前提知識

きっかけ

スマホゲー「Fate/Grand OrderFGO)」のパートナー英霊の元ネタ。可愛いけどマイルームに呼ぶとちょっと病んでいる。
FGO版は品行方正、清廉潔白な若い美青年といった感じで、度々DQNサイコキラーの分身に体を乗っ取られている。見た目はほとんど変わらない。意識は共有していないようで、双子が1つの体を共有しているように見える。
厳密には変身ではないけれど、元々"変身するインテリ"が性癖なのでかなり執心している。

元ネタ掘りは好きだが、彼に抱く気持ちが変化する可能性を考えるのが嫌で避けていた。しかし、設定上どうしてもわからない要素が気になったので腹をくくる。
(なお、読む前は名前を見るだけで大変な騒ぎだったが読んだ後は少し落ち着いたのである程度過ごしやすくなった(^^;))

現在は派生作品キャラとして切り離して捉えている。

ミリしら ~タイトルだけで知った気になっていた内容~

聖人君子、という言葉がぴったりな品行方正な男(30代くらいだろうか?)が平和に暮らしていた。
しかし、ある日彼がベッドで目覚めると自分が血塗れでベッドにいた事に気づく。
そして彼は知る事になる、自分が眠っている間に自分の中のもう一人の人格が町の人々を殺して歩いていたことを…。

…みたいなホラー。

読んだ結果

→ 結果: 全然違った

正直、「えっ変身するの!?」「だ、ダメなおじさんだ…駄目って言うか…クz」という戸惑いが半端ない。

感想

初読時、ジキルおじさんのあまりの無責任さに「ジキルてめぇアタスンに謝れ!このクズ!」等と言っていたものの、反芻していくうちにそうでもなくなってきた。"ミリしら"で描いていた彼のイメージがあまりに聖人君子だったのでガッカリしていたことも否めないから。
世間体は気になるし、善人ぶって生活していた方が有利なのは理解しているけど欲望のままに振舞って暴れまわりたい誘惑に勝てない、彼は凄く人間くさい人物なのだと思う。
でも結果としてやっていることは裏アカ取って芸能人のSNSに殺人予告をして喜んでいる愉快犯か、酔って通行人を暴行しているのに「酔ってたから仕方ない」と言っているダメな大人とあんまり変わらないので、「ドラッグがやめられないヤク厨のダメなおじさん」という印象。
変身モノとしては最後の「後生だからやめてくれ」というセリフが良いのと、彼の死体が見つからない、というくだりがとても良い。そして、親友を助けるのに必死なアタスンおじ様の振る舞いが好き。良いブロマンスです。

二周目以降は新潮文庫版の補足にあったアタスンおじ様が"ジキルの男色趣味を疑っている(=あんまりハイドの事を庇うから付き合っているんじゃないかと勘違いしている)"というニュアンスのせいで、三角関係にしか思えなくなってきた…けど多分ブロマンス…。


三種類の翻訳を読み比べて、どうしても納得がいかないのが最終章「ヘンリー・ジキルの語る事件の全容」。ジキルおじさんはこの章の前半でハイドを「別人格」と断じながらもハイドの行動を自分の振る舞いとして証言し、しかし後半になると「自分ではない」と言い出す。
ジキルおじさんの証言と他の人物の目線で書かれた章を時系列で照らし合わせていくと、ハイドが完全に別人格であるのならあり得ない台詞や行動をしている。

この語り手、信用していいのか?
「別人格」ではなく「別性格」なら、辻褄が合うけど…だとしたら、あまりにも自分の行動に無責任ではなかろうか?

この判断をする所は、読者に丸投げされているのだろうか?

独自研究など

ミリしらの理由(現在構築されたイメージとの差異の原因)

光文社版の解説に、舞台化される際にジキル博士役とハイド氏役は同じ人物が演じるようになったことによりハイド氏の身体的特徴が失われて変身の要素が消えていったという話があったので、その流れで「同じ体を共有する別人」というイメージが定着したのかもしれない。
更には、解離性同一性障害と結びつけられるようになったのでそれが決定づけになっているのかなぁ…?

新潮文庫版の解説にモデルになった人物(ウィリアム・ブロディー)を主人公にして書いた戯曲について書かれているけれど、あまり流行らなかったということもあって彼をモデルに書いたのが本作、という内容があるので元々舞台化されるのは前提だったのかもしれないけどね。

映画方面から見て、1920年の「狂へる悪魔」の時点で既にジキルおじさん(アラフィフ)は婚約者のいる若者という設定に代わり、原作で語り部だったアタスンおじ様はわき役に追いやられている。
また、ハイド氏がジャック・ザ・リッパーの要素を盛られてサイコキラーとして描かれたり、女子化するルートはハマー版の映画からだそう。同じタイトルばかりで何年の映画かは未確認だけど…。

映画の影響は大きい。

関連作

●MazM: ジキル&ハイド
アドベンチャー系の探偵ゲーム。原作に忠実なので「小説を読むのはたるい」という人に喜んでおススメできる。原作の難解な部分もシーンを補完する、言いまわしを変えるなどして理解しやすくなっている。主人公はアタスンおじ様!
(このシリーズ、原作に忠実なのがモットーらしい)

MazM: ジキル&ハイド

MazM: ジキル&ハイド

  • Growing Seeds
  • ゲーム
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●Robert Louis Stevenson's The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde (Graphic Revolve: Common Core Editions)
海外のコミカライズ。恐らく、海外版漫画で読破。何と全ページカラーである。

パスティーシュ「ハイド氏の奇妙な犯罪」
著者:ジャン=ピエール・ノーグレット(1998年)
まぁ詳しい話はリンク先を見ていただきたいのですが「もしもハイドがジキルに戻る方ではなく逃亡する方を選択していたら」という、シャーロック・ホームズが乱入するクロスオーバーif小説。

【読書】「ハイド氏の奇妙な犯罪」でパスティーシュを初体験する。 - 海に浮かぶ月のはしっこ


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