海に浮かぶ月のはしっこ

映画や文学作品、神話関連その他の事をおぼえがきしますよ

【読書】H・G・ウェルズ『タイムマシン』とペーパーブランクス

私は契約社員になったブラック企業の元社畜

前のブラックな会社で会議室を休憩室として使っていた事があり、そこで電話番をしながら上司と食事を共にするのが本当に嫌でした。
ある時「上司に話しかけられない+教養を身につけられる、それってとても一石二鳥だわ!」と思いつき、昼食の時間は私にとって読書の時間になりました

新しい職場には昼休みですらパワハラとマウンティングをかましてくる嫌な上司はいませんが、事務所内へのスマホの持ち込みが禁止されているのでやはり昼休みは読書の時間。
今は私と同じ契約社員の同僚と時間が合えば昼食を共にする事もありますが、仕事の都合で時間がずれればその時間は読書の時間になります。

というわけで、失業中に積読していたハーバート・ジョージ・ウェルズ著『タイムマシン』を読み終えたのでその話でも書き留めておきます。
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H・G・ウェルズ『タイムマシン』」を積読するまで

『タイムマシン』に関しては、1年くらい前から積読していたと思う。

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

タイムマシン (光文社古典新訳文庫)

読もうと思ったのは、ある本の「マッドサイエンティストの系譜」に「タイムトラベラー」の名前(いや、通称だけども)が入っていたから。

前職の昼休みには比較文学や神話・西洋古典絡みの本など、大学時代に所属していた分野や、サークル活動「古代ギリシャナイト」での活動に役立ちそうな感じの本をよく読んでいて。
ancient.gr
(※最近HPのリニューアル作業を担当させていただきました(*^▽^*))

例えば、比較文学系だと道家英穂著『死者との邂逅―西欧文学は死をどうとらえたか』とか、西洋古典系だと、中務哲郎『イソップ寓話の世界』とかね。

イソップ寓話の世界 (ちくま新書)

イソップ寓話の世界 (ちくま新書)

だから選ぶ本はそういう教養方面に傾いていて、小説は皆無。

ところが数年前に手術で入院して痛みに耐えながら映画を観たり教養本を読むのは本当に辛くて。それなのに積読していた本の一つで気紛れで持っていったメアリー・シェリー著『フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』を読み始めたら、毎日食事を終えて読書の時間を取ることが待ち遠しくてたまらなくなる程にどハマりしてしまい、10年以上ぶりに小説を読む楽しさを思い出したのです。

フランケンシュタイン (新潮文庫)

フランケンシュタイン (新潮文庫)


そこにロバート・ルイス・スティーヴンソン著『ジキル博士とハイド氏』と、ハーバート・ジョージ・ウェルズ著『透明人間』を読んだら、『透明人間』は『ジキル博士とハイド氏』の影響を受けて書かれたと知り、マッドサイエンティストの系譜を作れるのでは」と思いつく。

ジキルとハイド (新潮文庫)

ジキルとハイド (新潮文庫)

透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)

透明人間 [完訳版] (偕成社文庫)

後にハーバート・ジョージ・ウェルズ著『モロー博士の島』を読むと、これは『フランケンシュタイン』の影響を受けていると知るに至る。
モロー博士の島 (偕成社文庫)

モロー博士の島 (偕成社文庫)

他にもいくつか読んだものの、身体を壊して前職を辞めまして。私は所謂活字中毒ではなく、持ち物や環境に制約がないなら創作活動や物作りに時間を使ってしまって読書に時間を割くことはない。新しい本を求めるより好きな物語を文体(翻訳者を変える、とかね)や形を変えて何度も何度も反芻するのが好き。
その結果、一応買っておいた『タイムマシン』は積読状態になってしまったのでした。

1年くらい積読してましたけど、私にしては短い方ですよ(苦笑)

ウェルズとペーパーブランクス

1年半くらい前、所謂高級ノートを衝動買いしたことがあって。
ペーパーブランクスというブランドのノートで、作家、音楽家、画家、発明家などの著名人の筆跡をデザインの一部として取り入れた「アーティストヴィジョン」というシリーズに心を奪われてしまったのです。
snow-moonsea.hatenablog.jp


というのも、私はサブカルオタク寄りの気質なので推しキャラとか作品自体のグッズとか欲しいんですよね(`・ω・´)
これを知った日から、推し文学のノートが出たら絶対買うぞ!出ないかな?!それとももう出ていて絶版ですか!??とソワソワしながらちょくちょく検索しているのですが…。

新作でハーバート・ジョージ・ウェルズのノートが出た。
作品名は…『タイムマシン』。

そっちか…!
そうですよね…!!
知名度、人気、共にそっちの方が高いものね…!

『タイムマシン』を積読しておいて何ですが、ウェルズのノートとして選ばれた作品が『透明人間』ではなかった事に少しガッカリもしている。
きっといつかロバート・ルイス・スティーヴンソンが出ても、きっと選ばれるのは『宝島』ですよね!知ってる!…みたいな、そういうやつです。思い入れの強い作品が代表作として選ばれるとは限らない。

でも過去、ペーパーブランクスのノートとしてチャールズ・ディケンズの作品として選ばれていたのは『われらが友』で、『クリスマスキャロル』でも『オリバー・ツイスト』でもなかったようなので1番有名な代表作が選ばれる傾向でもない気がします。
どういうチョイスなのかは企画を考えている人しかわからない…。

積読を解除しようと思ったきっかけは結局…

私自身は何となくウェルズの作品と相性が良いとは思っていなくて、ウェルズが好きというよりかは『透明人間』のグリフィンに愛着があるから今回のペーパーブランクスの新しいラインナップに興味を持ったようなもの。

ウェルズを「SFの父」ともいうようですが、そもそも私はSFというジャンルが好きというよりは「不可思議な事象によって乱される登場人物達の心情を見る」のが好きなだけなので、SFとはかくあるべき、という感覚もSFであることへの執着も持たない。

私がウェルズと何となく相性悪いと感じてしまうのは、誰に感情移入すれば良いのかわからない事が多い事や、エンディングの後味が悪い事、SFファンのこだわりみたいなものに理解がないからどういうポイントを感心しながら読めば良いというのもよくわからないから、だと思っています。

まぁエンディングの後味が悪いのはマッドサイエンティストの祖たちの物語では未だにハッピーエンドに出会ってないからそういうものだと思ってますし、後味の悪さも味だと思ってるから嫌いでもないんですけどね。
特に『透明人間』に関してはあまりにも皮肉な結末だったので、そのエンディングだからこそ意味を持っているようにも感じられるけど、反芻するうちにだんだんグリフィンのキャラクター性に愛着を抱いてしまったからちょっと可哀想、というか救われる方法はなかったのかなぁと思い悩んでしまう。

読者ってわがままなんです。
でもそういう風に読んでいるこちらがかき乱される事を楽しみたくて読んでいる、という部分も大きいのですよ。文字情報の上で登場人物たちと一緒に冒険するのは楽しいです。

マッドサイエンティストと魔法使い

私がマッドサイエンティストの祖と呼ばれるキャラクター達を追いかける事になったのも「彼等には何らかの関連性があるから追いかけていけば私の好みの作品に出会う確率が高いかも」という理由しかなくて、故に私はSFの何たるかっていうのはよくわからない。

私の認識としてはマッドサイエンティストの祖は「魔法の存在しない世界で、科学を用いて魔法のような不可思議な事象を発生させてしまった人達」の事。賢者の石や悪魔召喚を本気で信じていたのに科学者と出会って「錬金術なんて科学を知らない時代のまやかし」だと絶望した錬金術オタクのお坊ちゃん:ヴィクター・フランケンシュタインくん(14歳)が、大学在学中(21歳)に錬金術ではなく科学の力を用いて人造人間を生み出してしまった一連の出来事がまさに「魔法の存在しない世界で、科学を用いて魔法のような不可思議な事象を発生させてしまった人」の象徴のように感じます。

残念ながら、その力のせいでヴィクターくんは数奇な運命に落ちて何もかも失うけれど。
ハッピーエンドにはたどり着けないわね…。

だから、私にとっては「魔法など存在しない世界」という現実と近くて身近に感じられる世界観の上で起こる「科学」という現実にも存在する力で起こる魔法の物語が、マッドサイエンティストの祖たちの近代SFなのです。

つまり、マッドサイエンティストの祖は魔法など存在しない世界の魔法使い。

ヴィクターくんが一連の事件が人造人間によって引き起こされていることを「きっと気が狂ってありもしない妄想に取りつかれていると思われる」と思って誰にも話せなかったように、ジキルおじさんが人生の快楽を満喫するための姿であるハイドの正体を誰も見破れなかったように、そこにいないはずなのにそこにいる透明人間を誰もが恐れたように………
行き過ぎた天才科学者たちの起こした魔法のような事象は、誰もが「魔法なんてない」と知っているから、基本的に誰も信じてくれないんです。錬金術がまやかしとされ科学が急激に発達した時代に書かれたものだからこそ、小説の世界に住んでいる人たちは現代人のように不可思議な事象に対して疑り深い姿勢を示す。
時代が現代と近いとはいえ、文化面で今とは違う異世界感が残りつつも人々の感覚は現代に近いから、私にはその世界観が独特のファンタジーのように感じられるのかもしれません。舞台は当時の現代だから、過去に実際に存在した世界なんですけどね。

そんな誰も信じる事のない不可思議な事象を、自分の手で生み出してしまったマッドサイエンティストの祖たちは、皆不幸な結末を迎える。小説だから、お話の結末としては仕方ないと思うけれど、どの結末もどことなく皮肉めいて見えます。(ジキルおじさんは自業自得だと思うが…)

愛着を持てば持つほど、「…なんで誰も救われないんかなぁ」とため息を吐く。でもそこまでが小説というエンターテイメントですよね。
最も、私は「それなら彼らを私の手で救いたい!」とファンアートを描くのですが。

ペーパーブランクスの『タイムマシン』

話はそれてしまったけど、ペーパーブランクスのこの新しいラインナップを買うかどうか割と真剣に悩んだ。

でも2作読んでる作家の作品で、デザインも美しく、当の『タイムマシン』も積読しているだけで読む気がないわけでもない。
この時は失業してたからあんまりお金使いたくないし、『タイムマシン』を読み終わってからでも遅くないんじゃないかなぁ、と思いながらAmazonのカートに入れていたら、いつの間にか「再入荷時期未定」の表記に。

そうなったらもう悩んでもいられない。
思い切ってAmazonで問い合わせ、その日からちまちまと『タイムマシン』を読み始めました。
無事、ノートは3週間くらいで購入できましたヾ(๑╹◡╹)ノ"

けれど読んでないのは悔しいので読んだわけです。
つまりペーパーブランクスのせいで積読をやめたようなもの。

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滅茶苦茶美しい…!!
色もスチームパンクみがあってとても良いですね…小口にも柄が入っている…。
写真で見るより、ずっと良いものでした。

一緒に写っているのは『透明人間』の大学教授の貧乏助手グリフィンです。
うちにいるオビツ11で作ったドールの中でウェルズのキャラクターはグリフィンだけでして。

ロンドンに連れて行った時はグリフィンが歩いた設定の道を歩いてみたり、グリフィンが座り込んでいたプリムローズヒルで彼の見た景色を眺めたりしましたっけ。
snow-moonsea.hatenablog.jp

グリフィンはアルビニズムによる白髪・赤目・ピンク色の肌の設定がされているので、オビツ11のボディやヘッドはイベント限定カラーのスーパーホワイティ(普通のホワイティより白っぽくてピンクがかっているカラー)を使用しています。

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裏に金色でウェルズのサイン入ってる…。

これは…………ううん、もったいなくて使えない…。

そう思って開封できずに大事に本棚に並べているのですが、契約社員の初任給が出たので、2冊目を買ってしまおうかと割と真剣に悩んでいます…笑

もしノートを実用に使うなら文学関連のメモやまとめのノートにしたいですが、私はノート作りよりブログを書く方が好きなので、さてどうするか。

『タイムマシン』と「タイムトラベラー」

このノートをきっかけに『タイムマシン』を完読したのですが、正直言ってかなり読みやすく、また面白かったです

『透明人間』初読の時は「ウェルズの作品って読みにくいな…」と思ったものですが、『透明人間』は群集劇の視点で描かれている為、それが苦手だっただけらしい。
『モロー博士の島』は映画『ジュラシックパーク』やゲーム『バイオハザード』のような、「何も知らない主人公が真相を探りながら恐怖体験をする」みたいな形式…いわゆるサバイバルホラーって感じでしたけど『タイムマシン』は普通に冒険譚って感じです。
感情移入もしやすい。

フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』のヴィクターくんと同じく、現在の語り手の過去の体験を話す形式で書かれており、ごく稀に現在に意識が飛びますが、ヴィクターくんみたいな変な文脈の癖もない。
ヴィクターくんは元来の性格がヘタレなので、語ってる途中で突然感極まって泣き出してネタバレかましてくるんですよね(;^_^)
ヴィクターくん、語り部としては最低なんですが、私はそういうところも含めて彼が好きです

更にタイムトラベラーは普通に聡明な常識人
ヴィクターくんのようなヘタレでコミュ障で泣き虫って事もないし、ジキルおじさんのように外面は良いが悪事を働いても他人の振りができるように隠れて裏工作するクズって事もないし、グリフィンのようにアルビノ体質で気が短く貧しくて虐げられてきた野心家って事もない。モロー博士のみたいな動物達を研究の為に虐待する事に全く心を痛めないサイコパスな部分もまるでなし。

探究心旺盛な機械オタクではあるけれどコミュ障ってわけでもなく、機転で未来人と意思疎通を図れるし賢くて冷静に事象を分析する能力もある。溺れていた未来人を見捨てられない優しさもあるし、危険が迫れば武器を手に戦う勇気もある。
主人公としてはとても感情移入しやすいキャラクターのように感じます。
まぁ、その………他のマッドサイエンティストの祖達の個性が強過ぎるため、個性が弱い感じもしますが。


しかし…ウェルズは白髪フェチなんですかね?

モロー博士(『モロー博士の島』)は60歳くらいで、年齢による退色でもさもさの白髪に小さな黒い目。
グリフィン(『透明人間』)は32歳ほどで、生まれつき色素のないアルビノ体質であり白い髪と赤い目、肌は透けるようなピンク色。
そして今回のタイムトラベラーは、精神的ショックとストレスによる退色でぼさぼさの髪が白くなってしまい周囲に驚かれている。

マッドサイエンティストは白髪」という刷り込みでもあったんでしょうか?
謎です…。


また、この小説を構成する多くのパーツが、後世の作品が後を引き継いでいるなと感じさせるものが多くて面白く感じる

未来人が文明の発展のし過ぎで逆に退化してしまった世界、地上人と地底人に分け隔てられた世界、ユートピアに見せかけたディストピア…あらゆるものに既視感を覚えます。
その原点に近いところに『タイムマシン』は存在しているので、原点を見ている感覚になるのはとても面白いですよ(*^_^*)


ただ、やっぱり後味は悪くて。
「おっこれはマッドサイエンティストの祖・初のハッピーエンドなのでは!?」と思ったのに、あっさり裏切られました。

ひどい…また皮肉めいた結末に…!
タイムトラベラーが可哀想すぎるし、わざわざこんな結末にしなくてもいいのに。

勿論、彼が本物のユートピアにたどり着いたり、可愛らしい未来人のウィーナと再会したかもしれないという希望も抱く事もできなくはないので、本当に全く救いがないわけでもない。
のだけれど、『透明人間』や『モロー博士の島』の結末があまりに皮肉だったし、物語の流れの端々から感じる嫌な予感から、あんまり希望を持つことが出来ずにいます。
ウェルズ先生、意地悪。

もしもタイムトラベラーを救うなら、ウィーナを救い出し、2人で本物のユートピアへたどり着くハッピーエンドを想像してしまいますが、そういう妄想は私たち読者の仕事。


何はともあれ、読み終えた事でタイムトラベラーは「5人目」としてマッドサイエンティストの系譜に追加されたのです。
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(モロー/グリフィン/タイムトラベラー/ヴィクター・フランケンシュタイン/ヘンリー・ジキル)

タイムトラベラー、マッドサイエンティストの系譜へようこそ!