海に浮かぶ月のはしっこ

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【映画】「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」を観てファンタジーについて考えていた

もう観てから大分日にちが経ってしまいましたが…新作のハリー・ポッターワールドシリーズのファンタスティック・ビースト2作目、映画「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」を観てきました(*‘ω‘ *)
例によってIMAX3Dですがとても面白かったです。

でもなんかやっぱり、マーベル系映画と比べると毛色が違うというか…映画の感想はほどほどに、ちょっと思った事をつらつら書いてみようと思います。
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背景はジキル博士とハイド氏のファンアート用にせっせと描いてたロンドン(概念)だけど似合いそうな気がしたので背景に使いまわしてみた。

私が感想を述べる場合、あまりガチ考察したい時以外はあらすじについてあまり触れない、具体的な事はあまり話さない感想を書く事が多いのですが、「一切ネタバレは嫌!」という方への保証は出来ないのでご留意ください(;´・ω・)


eiga.com

映画の感想

率直な感想ですが、「なんといういいところで終わりやがる……」


ハリー・ポッターの時にも感じましたが…割と内容が重い……(;´・ω・)
マーベル系の映画はアメコミですから、「そんなんアメコミと比べたら重いに決まってるじゃん」って言われそうですが、ハリー・ポッターって一応区分は児童書、ですからね?(・_・;)

アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」もかなり心が虚無になりましたが、登場人物に感情移入すればするほど、それに近い喪失感で殴られる。
…のだけど、この世界に住まう人々は魅力的で、はらはら続きが気になって観てしまう…そんな感触があるのです。
ハリー・ポッターシリーズではルーピン先生が心の底から大好きでしたが(例によって嫌々変身するインテリ)、色々と後半の喪失感が辛くて最終巻まではきちんと読めなかった思い出(;´・ω・)


今回のファンタスティック・ビースト、前作は登場人物同士が徐々に親しみを持って行く感覚はとても楽しかったです。でも今回は、そんなせっかく仲良くなった登場人物同士の関係が危機に陥る……ある二人の関係は微笑ましいものですが、ある二人の関係は観ていて、辛い。

その感覚が「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」を観た時の感覚にとても近い。
悲しい。辛い。トータルで言えば面白かったのですが、映画後半がしんどくて…。

救済を願いたいところですが、それを望むなら結末を見届けなくてはならないジレンマ。
ちょっと気持ちは憂鬱、だけど主人公のニュート・スキャマンダーは結構好きなので、しんどいと言いながらも結末まで追いかけるのかなぁと思います。

現地を歩かないと分からない!

ここからはこの映画に関連して、少し脱線した話を。

今作の舞台はイギリスとパリなんですよね。イギリスはハリー・ポッターの舞台でもありますので、前作のアメリカからホームグラウンドに移ってきた、という感触。
なのだけれど、私イマイチ、イギリスの風景とパリの風景、どっちがどっちなのかよくわからない(;^ω^)

アメリカは(多少)わかりますよ、ビルやショーウィンドーの風景だもの!
…あ、いや…前作(※アメリカ)のワンシーンを見せられて「イギリスですよ」って言われたら「そうなんだ~」って言いそうです(;´・ω・)


フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』を読んでいて「スイス?ジュネーヴ?…うん、知らない(・_・)」と思ったのも記憶に新しい(もう一年近く前だというのが嘘みたいですけど)。
小説にしても、映画にしても、物語を楽しむことに資格は必要はない……のだけれど、こういう所で知識・教養のなさが露見してしまうのが、どうにも恥ずかしい(;´・ω・)

フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』の書名を言ったついでに言うけど、映画を観て原作読んで「全然違うじゃねーか!!!( ゚Д゚)」と思う事もしばしばなので、やっぱり"本物"を確認しておくことは大事。
だから、本当は実際にイギリスやパリに行って肌で差を感じた方がいい。

とはいえそれはなかなか難しいから、写真を見て見比べて見はするけれど名物的な建物を見て「ここはアメリカだ」「ここはフランスね」と判断しても、そうではない建物や雰囲気の差でどっちがどっちなのかわかるのはやっぱり難しいです。
……なんだけど『パシフィック・リム』で東京(という設定の町)が映った時「いやこれ、アメリカのチャイナタウン…だろ?ゴミ箱とか…路地裏とか……えっ?」と思ったので、多分現地に住んでいる人は違いが明確にわかるんじゃないかなと思う。
でも……私にはわからない(;´・ω・)


そんな私でも上空からの風景とかが映れば何となく「あっ、パリだ」とか思ったりはできますよ。エッフェル塔とか凱旋門とか、目立ちますし?

今作でも画面がフェードアウトしていくシーンで、「あぁ、ここはイギリスなんだ」と思ったシーンもあります。地形とかビッグベンとか見ないとわからないので。
ええ、そこまでしていただいてようやくそう思う事が出来たというか。……難儀です(;´・ω・)

フランケンシュタイン (新潮文庫)

フランケンシュタイン (新潮文庫)

イギリスといえば…

ここのところ19世紀のSF小説を読み漁っていましたので、なんか妙にしみじみ感じる「イギリス」というワード。
どうして気になったかと言えば、まぁオリジナルのスマホケースに描くために『アサシンクリード・シンジケート』のビッグベン周辺をガン見していたからというのも大きいのですが。

しみじみ思ったのはそれが直接的な原因でもないかな。
snow-moonsea.hatenablog.jp

ハリー・ポッターにハマっていた頃の思い出話

子供の頃はイギリスに具体的なイメージは持った事がなかったと思います。まぁ興味もなかったのでしょう。
ハリー・ポッターがヒットした時も、舞台設定の前提知識がないものですから、いまいち上手く想像出来なかった部分がちらほらあります。

…本気で興味がなかったのでしょうね…(;´・ω・)

ハリー・ポッター関連の関連書籍は集めて読んでいましたのでそこから得る情報もありましたが、当時の私は買い集めて読んでいるうちに「作者でもない人が好き勝手に解説して、それって正しいの?」と思っていた記憶があります。原作厨か。
今思えば、読んでいた本は神話や民間伝承などのうち小説の元ネタになったのではないかと思しき部分だけを抜粋したものだったり、舞台となったイギリスの所謂聖地巡礼系の旅行記を小説の感想を交えて書いているものだったり、そこまで立腹するようなものではなかったと思うのですが…。

まぁ当時の私は、今より視野が狭かった、という事で。

知らない事=ファンタジーと見分けがつかない

ハリー・ポッターシリーズの原作は購入すると本に翻訳者さんのコラムが挟まっていまして。そこで作中に登場する料理の翻訳に苦心した事などを見て「へぇ、この食べ物は現実に存在するんだ」とか思ったり。
日本にもあるけど私が名前を知らなかったものとか。例えば「ヌガー」とか。翻訳を読んだ当時、私はまだ小学生で、主人公のハリーと年齢も同じか1つくらいしか変わらなかったのです。
(当時は2000円前後だった原作をとても高く感じたものです。子供のお小遣いですからね)

だから、作中に登場する「知らないもの」のほとんどの事を、「魔法の世界にしか存在しない架空のもの(ファンタジー)」だと思っていた節があります。
でもね、ほら、「バタービール」も架空の飲み物でしょう?

知らない事ってファンタジーと見分けがつかない!(^.^;)

科学なのか魔法なのか

TSUTAYA等映画DVD等のレンタルショップに行った時、作品のジャンル分けに首を傾げる事も多々。「ハリー・ポッター」も「ファンタスティックビースト」も、置いてある棚は「SF」です。
何でだよ。

それはこういう事ですか。

高度に発展した科学技術は,魔術と区別がつかない。
引用元:クラークの三法則とは - コトバンク

確かに「現実では不可能な事を扱う小説」という意味では同じかもです。

ファンタジーとSFの線引きは、それが奇跡や魔法など現代に生きている人間には触れる事も知覚することも出来ない何かを扱うのか、それが現実では不可能だったとしても、科学で説明を出来るように構成したものを扱うのか、…という違い。…なのかな?(;´・ω・)

SFの定義、よくわからないです。

SFの祖もイギリスだなぁ…

なんでこんな話をしたかと言うと、前述の『フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』を思い出したからなんですよね。まぁ通常運転です。

ただイギリスの上空からの風景が映った時「イギリスだなぁ……あぁそうかぁ、そういえばこの世界も英文学なんだっけ。そういえばハリポタも"英文学"なんだよなぁ…フランケンシュタインもジキハイも透明人間も英文学だなぁ…」と思いまして。

フランケンシュタイン:或いは現代のプロメテウス』は近代SF小説の祖とか言われておりますが、名作SF小説の定番とも言えるH・G・ウェルズの著作も英文学。

"近代SFの祖"が誕生した国。

魔法使いたちが歩き、時に魔法の薬で変身して見せ、ふわふわと浮いた手袋がジェスチャーしている光景を見ながら、上空からの風景を眺めて「あぁ、そうか、ここでヴィクターくんのママ(※メアリー・シェリー女史)が生まれ育ったのか」なんて思いつつ、夜な夜な魔法みたいな薬で変身する医者や、服をどんどん脱ぎ捨てて逃げていく透明人間を思い出して。
「何となく近いものを感じるなぁ」なんてしみじみ思ったのです。

全くの異世界とかではなくて、ちょっとした何かで現実の世界がファンタジーに転ずる世界観と言うか、そういうものがあるのかもしれないなぁなんてぼんやり考えたりして。
(最も、全く根拠のない話ですけどね)

まとめ…?

私の個人的な感想ですが、ハリー・ポッターシリーズって地に足がついているというか、魔法の世界を扱っているはずなのに妙なリアリズムを感じて、何とも不思議な感覚になるんです。
近代SFの祖的な前述の英文学が、「ほんの少しだけ現実から脱線したあり得ない出来事を科学という言葉で説明する」という感覚に近いのに似てる気がするのです。

つまり、魔法ってほんの少しだけ現実から脱線した所にあって私達には知覚出来ないだけ、というようなそんな感覚。それはそれで夢のある事だけど、即ちこの現実との近すぎる距離感が怖い。
それはやっぱり現実世界を舞台にしているはずのアベンジャーズシリーズのそれとは感覚が全く違っていて、アベンジャーズシリーズも恐ろしい展開で戦慄しているはずなのに、アベンジャーズシリーズの方が何故かファンタジー(非現実)に感じる。現実との距離が遠い気がする。

だからこそハリー・ポッターシリーズには(アベンジャーズシリーズとは違う種類の)のめり込む魅力があって登場人物を応援せずにはいられなくなるのかも。


しかしこんな事をいろいろと述べてはみたものの、残念ながら論ずるには比較対象となる私の文学知識が不足しております(;一_一)
だから根拠はなく、ただの私の感想にすぎません。
(やはり大学時代に近代文学を真面目にやらなかった事が悔やまれる……)

今回も好き勝手にかかせていただきましたので、ひとまずこれにて。